"MOMENT TO MOMENT" Recording Report



5月29日

 午前中に成田を出発。ジョン・F・ケネディ空港に降り立ったのは5月29日の午後、日本とほぼ同じ気温と思ってたのが大間違い、入国手続きを済ませ、タクシ-乗り場にいくあたりでもう寒いの連発。NYで生活してる人はセ-タ-を着こんでる始末。それにしても空気が乾燥しててカラッと乾いた感じが新鮮、タクシ-に乗り目指すはニュ-ヨ-クのタイムズ・スクエア-ヒルトンホテルの34階。
 ホテルへ到着するまでに一番印象に残ってるところはダウンタウンとアップタウンに分かれた道路で、右は上り坂でアップタウンへ左は下り坂でダウンタウンへ行けるように大きな標識がありました。この標識を目にした時、やっとニュ-ヨークに着いたという実感がわいたのでした。

 ヒルトンホテル34階から エンパイアステ-トビルが見える。(ISAM撮影)

 ニュ-ヨ-クは夜9時くらいまで明るくてこの日5月29日は日本を出発する時からまるまる2日間もの長いときを過ごしたという感じです。


5月30日

 この日も朝から肌寒く道行くニュ-ヨ-カ-は皮のコ-トやウ-ルのジャケットを着こんでいる。
 場所柄なのか朝のコ-ヒ-は特別に美味しい気がする。
 午前中にプロデュ-サ-のトッド・バルカン氏から貸しスタジオについての電話が入る。トッド氏は今度のCDのプロデュ-スを手がけてくれた方である。今話題のジミ-・スコット(VO)をはじめレッド・ガ-ランド等数々のアルバムをプロデュ-スしている。叉、サンフランシスコの今はなきキ-ストン・コ-ナ-のオ-ナ-でもあった。
 明日のレコ-ディングまでの楽曲準備は吉岡秀晃一人の役目でありこのアルバムがよい作品になるか否かの鍵は彼自身が握っている。その時ふと、ホテルの窓からハドソン川を望んだ。日本にいるとき8小節までのモチ-フしかできていなかった曲にいいフレーズが思い浮かんだ。「これだ!」というなり五線紙に書きうつし、すぐさま私達に鼻歌交じりに歌って聞かせる。曲名も「ハドソン」と名つヤけられた。ハドソン川を見た時、20ぶりに再会するジミ-・コブとジャミ-ル・ナッサ-への思いと再会する喜びや緊張感。まだ20年前の無名時代彼らと共演したことはあった。その間の20年間、ハドソン川の流れのようにゆるやかで大きくまるでこの日のことを長い間待っていてくれたようなシチュエ-ション、そういう万感の思いをこめて「ハドソン」はジミ-・コブとジャミ-ルに捧げるために出来上がった曲なのである。
 午後3時、タイムズ・スクェア-にあるミチコスタジオで一人での曲の最終チェックが5時まで続く。ミチコスタジオを後にしヒルトンホテルへもどる。
 ホテルでヴィ-ナスレコ-ドの原社長,音楽評論家の高井信成氏と合流。
 その日の夜から明け方までジャミ-ルとジミ-に渡す譜面の準備などで、緊張のせいか30分程度の仮眠をとっただけでもうまる2日間、眠っていない。


5月31日

 いよいよ本番当日の日だ。
 トッド・バルカン氏の車とタクシ-との2台に乗りわけ目的地ニュ-ジャジ-にあるバンゲルダ-スタジオへむかった。
 私達をのせたタクシ-はおよそ30分くらい走らせただろうか?まわりの風景に見とれているうちに,もう目の前はバンゲルダ-スタジオだった。
 回りの風景は林である。日本でいうと林のなかにひっそりとたたずむ別荘のような感じである。
 林のなかにはリスがとびはねていたり,遠くのほうでかすかに車の騒音はしているがバンゲルダ-スタジオの回りは自然に囲まれている。
 ふと懐かしい顔の二人がいた。J・ナッサ-とJ・コブは私達より一足先に到着していた。
 私達は二人のところへ行き軽い挨拶を交わし、吉岡が二人に1枚の写真を手渡した。
 写真は20年前の宮崎市内のジャズハウス「アミ-ゴ」でとった記念すべき1枚の写真だ。J・ナッサ-がその写真を片手にJ・コブになにやら話してかけている。とても懐かしそうだった。思えばあの時から20年の歳月が流れているのだから・・・

 木の扉をあけるとそこはもうバンゲルダ-スタジオの世界だった。
 スタジオのなかはひんやりと涼しい。独特の落ち着いた木の匂いがかすかにして静かだ。
 そうだ!これから長年夢にまで見たバンゲルダ-スタジオで録音が始まる。喜びの裏に緊張が影を落としているようだ。
 ミキシングル-ムにR・バンゲルダ-氏とアシスタントの女性の姿が見える。
 緊張はしているものの,緊張をときほぐそうとしている気持ちが伝わりなにやら凄い世紀の一瞬が始まりそうな雰囲気になってきた。
 バンゲルダ-スタジオは禁煙なので外に喫煙場所を設けている。
 レコ-ディング前の一服は美味しいのか,タバコをくゆらしているとJ・ナッサ-が「たばこを1本」というしぐさをしたので 日本のたばこを1本あげたらまずかったのかすぐにもみ消した。(彼は菜食主義のようだしたばこも普段は吸わないらしい)

 スタジオの中にいたプロデュ-サ-のトッド氏がそろそろ始まるという合図をする。
 2人に夕べ徹夜で仕上げた譜面を手渡した。1曲目はオリジナルのワイヤ-ドだ。この曲は「ANYTIME ANYWAY」でもおなじみの曲だがアレンジをかえたのでこの曲を1曲目に録音することになった。
 緊張感の糸がはりつめてるのは私だけでしょうか?それにしても音楽評論家でこのアルバムのレビュ-を書いてくれた高井信成氏はこの日を楽しみにしてくれていた第一人者だけに人をなごませてくれる。
 バンゲルダ-スタジオのなかに気持ちよいサウンドが流れる。
 ワイヤ-ドはアレンジが凝っていて、4テイクを録音した。4テイクとも大体6分前後の演奏だ。どのテイクも初めての出会い頭の演奏とは思えない。アドリブの内容が異なり聴いていて思わず、わくわくした。ジミ-とジャミ-ルもその音楽の展開を楽しんでいるのがブ-スごしにひしひしと伝わってくる。
 ワイヤ-ドのプレイバックをきくことになりブ-スからおもむろに出てきたジャミル・ナッサ-が何やらピアノのほうに近つ゛いてくる。 そして吉岡と何か会話をしている様子だ。そしてジャミ-ルが吉岡を抱きしめ、「I LIKE YOU YERY MUCH」と連呼していた。

 休憩時間となった。みんなスタジオの外にでて気分転換をする。高井さんとジャミ-ルが何やら話している。記念にデジカメで2人を撮影する。ジャミ-ルがふいに吉岡に向かって「I LIKE YOU VERY MUCH」とまた3回繰り返した。 演奏で息があったのか?それとも演奏がとっても、お互いに気持ち良くて、恐れ多い話しだがフィニアスに言った様にたとえ地の果てまでもついていくというような言葉に共通する何かを感じでもしたのだろうか?そのときのジャミ-ルのあどけなくて純真無垢のまなざしがいまでも脳裏に焼きついている。そう言われた吉岡は恐れ多いとばかりに照れているが反面嬉しさを隠しきれない様子だ。 休憩もおわり再び録音が始まる。
 ハ-レムブルースを1回、撮りおえたあと、ジャミ-ルが「チャ-チ!」「チャ-チ!」と連呼した。またしてもフィニアスのことが思い浮かぶのだった。2人は教会音楽を親しんで育っているからだ。
 悔んでもしようがないがもっと英語が堪能だったらフィニアスのことも是非,聞きたかった。
 ハ-レムブルースは1テイクのみでOKが出た。
 そしてようやく昼食となった。トッド氏と原社長がツナサンドや飲み物を差し入れしてくれた。
 ジミ−とジャミールは2人仲良くテーブルを囲んでサンドイッチをほおばっていた。
 それぞれの昼食が終わったかと思うとピアノのあるブ-スの小部屋にジャミールがひれふしている。見ると畳半畳ほどのじゅうたんをしいて何度もお祈りをしていた。ジャミ-ルに20年ぶりに再会し握手をしたときジャミールからオーラが出ていたのを感じたのは私1人ではないはずだ。